岐阜地方裁判所 昭和50年(モ)432号 判決 1977年10月03日
債権者 有限会社渡辺産業
右代表者代表取締役 渡辺勝利
右代理人弁護士 大野悦男
債務者 郡上観光株式会社
右代表者代表取締役 河合寔
右代理人弁護士 林千衛
主文
一 当裁判所が、債権者と債務者間の
1 当庁昭和五〇年(ヨ)第一五五号塀除去仮処分申請事件について、同年五月二三日になした仮処分決定、
2 当庁昭和五〇年(ヨ)第一七五号フェンス塀除去仮処分申請事件について、同年六月一七日になした仮処分決定、
3 当庁昭和五〇年(ヨ)第二三二号フェンス塀除去等仮処分申請事件について、同年八月七日になした仮処分決定
は、いずれもこれを取り消す。
二 債権者の本件各仮処分申請を却下する。
三 訴訟費用は、債権者の負担とする。
四 この判決は、一項にかぎり、かりに執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 債権者
1 主文一項掲記の各仮処分決定をいずれも認可する。
2 訴訟費用は、債務者の負担とする。
二 債務者
主文と同旨
第二申請の理由
一 債権者は、別紙不動産目録記載の土地(以下、本件土地という。)を訴外渡辺勝利から借り受け、同地上にある債権者所有の建物で、「げんすけ」との屋号でみやげ物の売店を、また、債務者は、本件土地隣接地で、「大滝鐘乳洞」との名称で鐘乳洞の観覧をさせ、その地上で、レストラン及びみやげ物の売店を営んでいる。
二(1) ところで、債務者は、昭和五〇年五月別紙図面(一)の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)を結ぶ線上に高さ二・三〇メートルのトタン塀をはりめぐらせたが、右債務者のなした塀の設置は、もっぱら債権者の営業を妨害する目的で、債権者経営の「げんすけ」に買物客が入らないようにするためなされたものであって、債権者の営業権に対する違法な侵害である。債務者が境界線にトタン塀を設置することは、一見正当な隣地所有権の行使のように見えるが、債務者には塀を設置する必要が全くなく、このような行為は権利の濫用であり、公序良俗に反する不法、不当なものである。債権者は、右トタン塀を設置されたため、客が入らず経営が困難となり、このままの状態であると観光シーズンをむかえて莫大な損害を受け、倒産するおそれがある。そこで、債権者は債務者を相手として営業権の侵害による営業妨害排除請求権に基づき、右各塀の除去を求めるため、本訴を提起しようと準備中であるが、その勝訴判決の確定を待っていては、債務者のなした塀の設置により、多大の損害を被ることになるので、同年五月二三日、当裁判所に、「債務者は、本件土地の周囲に施した別紙図面(一)の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)を結ぶ線上にあるトタン塀を除去し、債権者の経営にかかるみやげ物売店の営業を妨害してはならない。債務者において本命令送達の日から四日以内に右トタン塀を除去しないときは、債権者は、岐阜地方裁判所執行官に債務者の費用で右トタン塀を除去させることができる。」との仮処分申請をなし、当庁同年(ヨ)第一五五号事件として、即日申請どおりの仮処分決定(以下第一次仮処分という。)がなされた。しかし、債務者において塀を除去しなかったので、右仮処分決定の執行として、同年五月三〇日右トタン塀が岐阜地方裁判所執行官により除去された。
(2) しかるところ、債務者は、その後直ちに、ふたたび別紙図面(二)の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)を総ぶ線上に高さ一、七メートルのフェンス塀を設置した。そこで、債権者は、同年六月一六日当裁判所に、再度「債務者は本件土地の周囲に施した別紙図面(二)の(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)を結ぶ線上にあるフェンス塀を除去し、今後右線上に塀等を設置してはならない。債務者において、本命令送達の日から四日以内に右フェンス塀を除去しないときは、債権者は岐阜地方裁判所執行官に債務者の費用で右フェンス塀を除去させることができる。」との仮処分申請をなし、当庁同年(ヨ)第一七五号事件として、翌一七日申請どおりの仮処分決定(以下第二次仮処分という。)がなされた。しかし、債務者において塀を除去しなかったので、右仮処分決定の執行として、同月二五日右フェンス塀が岐阜地方裁判所執行官により除去された。
(3) しかるところ、債務者は、その後直ちに、三たび本件土地の境界線から五〇センチメートル外側に離して、別紙図面(三)のロ、ハ、ニ、ホを結ぶ線上に高さ一、六メートルのフェンス塀を設置した。そこで、債権者は、昭和五〇年八月六日当裁判所に、三たび「債務者は本件土地の周囲に施した別紙図面(三)の(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)を結ぶ線上にあるフェンス塀を除去し、今後右線上付近に塀及び遮蔽物を設置したり溝などを堀って債権者の営業を妨害してはならない。債務者において本命令送達の日から四日以内に右フェンス塀を除去しないときは、債権者は岐阜地方裁判所執行官に債務者の費用で右フェンス塀を除去させることができる。」との仮処分申請をなし、当庁昭和五〇年(ヨ)第二三二号事件として、翌七日申請どおりの仮処分決定(以下第三次仮処分という。)がなされた。
三 以上第一ないし第三次仮処分決定は、前記二の(1)で述べた理由により、なお維持されるべきであるから、債権者は、本件各仮処分決定の認可を求める。
第三申請の理由に対する認否
一 申請の理由一の事実は認める。
二 申請の理由二の(1)の事実中、債務者が債権者主張の頃その主張どおり塀を張りめぐらせたこと、債権者がその主張の日にその主張の如き仮処分を申請し、申請どおり第一次仮処分決定がなされたこと、しかし、債務者において塀を除去しなかったので、債権者主張の頃執行官により除去されたことは、いずれも認めるが、その余の事実は争う。
申請理由二の(2)の事実は認める。
申請理由二の(3)の事実は認める。
三 申請理由三は争う。
四 債務者は、昭和四四年から本件土地の隣接地一帯に、「大滝鐘乳洞」の開発に着手し、翌年七月一〇日営業を開始したが、その後も国道一五六号線から「大滝鐘乳洞」まで約四キロメートルの進入道路の拡張工事、そのための用地の取得、みやげ物売店・釣堀・バーベキュー食堂など附帯設備の充実、その用地の取得、鐘乳洞の抗道の延長工事、駐車場用地のほぼ中央を東西に流れていた水路の付替え工事等固定施設に二億数千万円の巨費を投じたほか、すでに約五千万円の宣伝費を投じた。債権者会社の経営者である渡辺勝利は、債務者会社の当初からの株主であり、同人所有の本件土地が債務者の駐車場のほぼ中央に北から突出している位置にあるため、債務者はその譲渡を懇請したが承諾を得られなかったので、止むなく、昭和四五年三月地代年額金二万円、期間二年間との約定で借り受けた。債権者は、右賃貸借が昭和四七年三月に期間満了となった際、地代を年額金一〇万円に増額し、契約の更新に応じたが、右更新した期間満了の昭和四九年三月には、債務者の懇請にもかかわらず、再度の更新に応じなかった。かくして、債権者は、昭和四九年六月から七月にかけ本件土地上に店舗を建築し、同年七月ころ「げんすけ」を開店して、債務者の営業の一部と同様のみやげ物販売業を開業したが、一方債務者は、そのころ、債権者主張の申請の理由二の(1)記載のトタン塀を設置した。これを設置するについては、同年六月下旬頃債権者代表者渡辺勝利と予め折衝し、両者の境界を明確にするための何らかの境標を設置するについて、同人の了解を得ていたのであり、債務者経営の観光施設「大滝鐘乳洞」の客用自動車駐車場用地である債務者所有地内に設置されており、その構造も普通のトタン塀によるものであるにすぎず、債権者経営の「げんすけ」の出入口は、その北面で公道と接している関係上、顧客の右店舗への出入に何らの支障も生じない。そうして「げんすけ」は、その東、南及び西の三面で債務者の駐車場と接しているから、この程度の塀を設けなければ、観光客の駐車する車が「げんすけ」の敷地内に侵入して紛争の生じる恐れがあるし、「げんすけ」の東及び南の両面は、店舗の裏側でいきおい不体裁となるので、これを遮り観光施設としてのそれなりの美観を維持する必要があるのである。右の塀は執行官により除去されたが、その後二回にわたり、債務者所有の土地内に設置され、かつ、執行官に除去されたフェンスについても、前述したところと同様である。債務者としても、その経営のレストラン、バーベキュー食堂及び売店(土産品も販売)の利益は債務者の年間全利益の過半を占めているから、債務者が投資、努力をして集めた顧客が施設の入口付近で債権者の呼入れにより「げんすけ」に吸引されるのは、とうてい忍ぶことができない。「げんすけ」の債務者に対する競業は目に余るものがある。以上の事情に照らし、債務者のなした塀やフェンスの設置は、債務者としてやむを得ない措置であって、何らの違法、権利の濫用もない。
第四証拠関係《省略》
理由
債権者の本件仮処分の被保全権利は、営業権に基づく妨害排除請求権であることは、債権者の主張自体に照らして明らかである。ところで、いわゆる営業権なる権利を明定した規定は、我法制上に存しない。営業権といわれるものの内容をなす営業とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する人的物的な構成による経済的経営活動の全体をいうものと解される。
すなわち、経営者及び従業員等による人的な構成と、各種営業用の不動産、動産、不動産賃借権・預金・売掛金等の各種債権、無体財産権、営業上の免許、商号、暖簾(営業上の信用、名声、企業上の秘訣、知名度、取引先との関係等)等による物的な構成の総合による企業維持活動をいうのであって、営業権それ自体はこれらを総括して営業活動をなし得る地位とも観念すべきものであり、したがって、これには営業活動によって受け得る積極的な有形無形の営業上の諸利益はもちろん、正当な営業活動を阻害されない利益をも包含するものと解される。それゆえ、それは一個独立したものではないから、営業自体として取引の対象となることはあり得ても(商法二五条、二四五条)、営業権自体について物権的権利ないし物権類似の排他的効力を認めることはできないといわなければならない。営業活動に対する違法な侵害があるときは、多くは営業権に包含される前記諸権利、すなわち、例えば、不動産所有権、占有権、無体財産権、商号権等具体的な権利の侵害として、これらの諸権利に基づく妨害排除を求めるか、その他の特別法(例えば、不正競争防止法)に基づく排除を求めるかして、具体的に解決すべきものであり、また、前示営業利益の侵害があるときは、それが法的保護に値するものであるかぎり、一般には金銭的賠償をもって救済されるべく、それ以上に妨害排除を認めるためには、当該行為の態様程度が社会通念に照らし適正な権利の行使かどうか、加害者の意図目的、被害の程度(企業の存続に影響を及ぼす程度)、妨害禁止の必要性、当事者双方の利害の比較等を極めて厳格、慎重に検討して決すべきである。本件において、債権者は単に営業(権)の侵害をもって、これによる妨害排除を求めるというのであるが、債権者は本件土地をその代表者渡辺勝利から借り受け、その地上の売店を所有してみやげ物販売業を営んでいるというのであるから、本件申請は、右土地の賃借権、占有権、売店の所有権ないしは営業上の利益の侵害に基づく妨害排除を求める趣旨と解し得るので、この点についての当否を判断する。
債権者が本件土地をその代表者渡辺勝利から借り受け、同地上にある債権者所有の建物で、「げんすけ」なる屋号でみやげ物の売店を、また、債務者が本件土地の隣接地で、「大滝鐘乳洞」なる名称で鐘乳洞の観覧をさせ、かつその地上で、レストラン及びみやげ物の売店をそれぞれ営んでいること、債務者が昭和五〇年五月別紙図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)を結ぶ線上に高さ二・三メートルのトタン塀を張りめぐらせたことについては、当事者間に争いがない。
《証拠省略》を合わせ考えると、つぎの事実が一応認められる。
債務者は、昭和四四年から本件土地の隣接地一帯に、「大滝鐘乳洞」の開発に着手し、翌年七月一〇日営業を開始したが、その後も国道一五六号線から「大滝鐘乳洞」まで約四キロメートルの進入道路の拡幅工事、そのための用地の取得、みやげ物売店・釣堀・バーベキュー食堂など附帯設備の充実、その用地の取得、鐘乳洞の坑道の延長工事、駐車場用地のほぼ中央を東西に流れていた水路の付替え工事等固定施設に二億数千万円の巨費を投じたほか、すでに約五千万円の宣伝費を投じた。債権者会社の経営者である渡辺勝利は、債務者会社の当初からの株主であり、同人所有の本件土地が債務者の駐車場のほぼ中央に北から突出している位置にあるため、債務者はその譲渡を懇請したが、承諾を得られなかったので、止むなく、昭和四五年三月地代年額金二万円、期間二年間との約定で借り受けた。債権者は、右賃貸借が昭和四七年三月に期間満了となった際、地代を年額金一〇万円に増額し、契約の更新に応じたが、右更新した期間満了の昭和四九年三月には、債務者の懇請にもかかわらず、再度の更新に応じなかった。かくして、債権者は、昭和四九年六月から七月にかけ本件土地上に店舗を建築し、同年七月ころ「げんすけ」を開店して、債務者の営業の一部と同様のみやげ物販売業を開業したが、一方債務者は、そのころ、債権者主張の申請の理由二の(1)記載のトタン塀を設置した。これを設置するについては、同年六月下旬頃債権者代表者渡辺勝利と予め折衝し、両者の境界を明確にするための何らかの境標を設置するについて、同人の了解を得ていたのであり、債務者経営の観光施設「大滝鐘乳洞」の客用自動車駐車場用地である債務者所有地内に設置されており、その構造も普通のトタン塀によるものであるにすぎず、債権者経営の「げんすけ」の出入口は、その北面で公道と接している関係上、顧客の右店舗への出入に何らの支障も生じない。そうして「げんすけ」は、その東、南及び西の三面で債務者の駐車場と接しているから、この程度の塀を設けなければ、観光客の駐車する車が「げんすけ」の敷地内に侵入して紛争の生じる恐れがあるし、「げんすけ」の東及び南の両面は、店舗の裏側でいきおい不体裁となるので、これを遮り観光施設としてのそれなりの美観を維持する必要があるのである。右の塀は執行官により除去されたが、その後二回にわたり、債務者所有の土地内に設置され、かつ、執行官に除去されたフェンスについても、前述したところと同様である。
以上のとおり一応認めることができ(ただし、三回にわたり、塀とフェンスが設置され、それが除去され、第一次ないし第三次仮処分が発せられたことについては当事者間に争いがない。)(る。)《証拠判断省略》そして、前段認定の事実と、《証拠省略》を総合して勘案すれば、つぎの事実が一応認められる。
債権者の営む「げんすけ」の営業は、債務者のなした塀やフェンス設置により、塀の設置されない状態に比し、観光客をして、店舗の存在を認識させ、かつまた、同店舗への出入り等においてある程度の不利益を被ることは、推察するにかたくない。しかし、これが債権者の土地賃借権、占有権、売店所有権等を侵害するものでないことはもちろん債権者の営業の存続にどの程度の影響を及ぼすかについての明確な証拠はないのであって、これら債権者において被る不利益は、前認定の如き債権者の承諾有ること、債権者と債務者との各営業の開始時期、内容、債務者の塀やフェンスを設置した目的、トタン塀の設置時期、材質及び高さ等に鑑みれば、債務者が塀やフェンスの遮蔽物を設置しなかった場合にたまたま生じる反射的な利益の喪失であるにすぎず、これをもって法律上の保護に値いする正当な利益の侵害とはいい難い。したがって、塀やフェンス構造態様が特に異様であるとか、公道から本件土地への出入りに支障を生じるとかの特段の事情もなく、また、債務者に債権者の営業を妨害する意図があるとは証拠上必ずしも断じ得ない本件にあっては、債務者において、本件塀やフェンスを設置したからといって、直ちに債権者の営業に対する違法な侵害となるとはいいえない。見方を変えていえば、本件事案の下においては、債務者のなした塀やフェンスの設置は、債務者において、債権者との競業を避ける営業上の必要からなしうる防禦策としても許される範囲内の行為であって、これを目して権利の濫用若しくは公序良俗違反ということはできない。
以上によれば、本件塀やフェンスの設置によって債権者に生じる不利益は法的保護に値する営業上の利益の侵害とはいいがたく、いわんや、妨害排除を認容することは、とうていできないといわなければならないから、結局本件については、被保全権利を欠くものといわなければならない。
以上の理由により、本件各仮処分申請を認容した原決定は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当であるから、これらを取り消し、本件各仮処分申請をいずれも却下し、民事訴訟法八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅本宣太郎 裁判官 三関幸男 田中恭介)
<以下省略>